「進路」に悩む君へ・・・
「新路」を見つけて、自分だけの「針路」を創るための勉強法!
- 志望校合格を「目的」ではなく「通過点」にすることで、
「合格」に対するイメージや感じ方は変わってくる。
では、「受験」そのものには、あなたはどんなイメージを持っているだろうか?
- 【基本進路】・・・受験を、乗り越えなくてはいけない「壁」として考えている。
- 【新路】・・・受験を、自分が成長するための絶好の「チャンス」として考えている。
志望校合格が目的であろうと通過点であろうと、「受験」という存在自体は避けられないし、無くすことも出来ない。しかし、「受験」の意味やイメージを変えることは出来る。
受験という期間や入試を、乗り越えなくていけない「壁」として考えているのか、自分が成長するための「チャンス」として考えているのか。受験に「壁」という意味を与えてしまうと、何となく「難しさ」とか「高さ」とか「障害」のようなイメージを感じてしまいやすくなる。
人間は、言葉というツールを獲得してから、あらゆるものに名前をつけ始めた。今、私たちが周りを見渡したとき、全ての物事に言葉というラベルが貼られ、定義され、分類されている。自分たちが感じることさえも、言葉がなければ認識できないようになっている。私たちは、生まれてからずっと、膨大な言葉の情報を取り入れ、捨て去り、様々な優先順位をつけながら選択し、今の自分を創り上げてきた。ある意味、今の自分とは、親や友達や本やテレビから見て聞いて感じて覚えた言葉の集大成のようなものである。もはや、私たちは、言葉というラベルを使わなければ、見ることも聞くことも、思うことも考えることも出来ない。
しかし、ラベルだからこそ、それは貼り替えることも出来る。受験というものに対して、自分がつけているラベルを貼り替え、その定義やイメージを変えるだけで、受験に向かう意識や姿勢も変えていくことが出来る。
例えば、ジェットコースターに乗っているときの、「心臓は高鳴り、脈拍は速く打ち、胸が締めつけられる」ような感情に、「ドキドキ」と名づけることも出来るし、「ワクワク」と名づけることも出来る。その状態に「苦しい」「怖い」というラベルを貼るのも自分であるし、「楽しい」「面白い」というラベルを貼れるのも自分である。
受験を「チャンス」と定義してこの期間を楽しむか、壁と「定義」してこの期間を辛くするか。もちろん、どちらにしたとしても、成長することは出来る。苦労や大変な期間を乗り越えることが、人生のある時期には必要だという考え方もあるだろう。ただ、人はそんなに強くない。苦労の連続では、途中で挫折したり、投げ出したくなってしまう可能性も高い。希望を失ってしまっては、気力はなかなか長続きしないものだ。
一方、周りから見れば、成績が悪い、点数が伸びない、勉強がはかどらないなど、状況は苦しいはずなのに、希望を失っていない人々がいる。一般的に見れば、どんなに困難で無理そうに思えることに対しても、それに挑み、軽々と跳び越えていく人々がいる。
それはなぜか?
彼らは、「困難」「無理」「苦しい」という言葉に別の定義を見つけ出している。
例えば、物理学者のアルバート・アインシュタインは、数学や物理を「困難なもの」とは定義していなかった。子どもの頃、アインシュタインは叔父さんから数学を学んでいた。叔父さんは、代数を「名前の知らない小さな動物を狩りにいくようなもので、獲物を捕まえたときには、それに正しい名前をつける」と説明した。アインシュタインの心から、この言葉はずっと離れなかった。だから、アインシュタインは、数学や物理を難しいものとは思わず、ゲームやクイズのように楽しいものだと考えることが出来たそうだ。
もし、アインシュタインが、数学を難解で困難な学問だと定義していたら、博士にはならなかったかもしれないし、数々の画期的な理論は発見されていなかったかもしれない。
あなたも、受験に「困難」というラベルを貼って、本当に困難なものにしてしまってはいけない。
意味を変えれば、イメージが変わる。
イメージが変われば、行動が変わる。
「無理」「出来ない」「難しい」といった言葉には、自分の可能性に、自分で勝手に線を引き、成長を止め、自分を「枠」に閉じ込めてしまうパワーがある。しかし、多くの場合、「枠」もひとつのラベルであり、ただの幻想にすぎない。








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